錆びた鎖で寂しさを繋ぎとめる











「もう、会えなくなるんですかぁ?」



開口一番そう呟いた弥鱈は普段と変わらず、
両手をズボンのポケットに突っ込んだまま
詰まらなさそうな顔でこちらを見ていた。



彼のその言葉が、まるで死刑宣告みたいだと思っただけだ。
勝手に死期を先刻されたようだと思えただけだ。
そんな事言わないでよと笑った
床に落ちた上着を拾い上げた所で、
この部屋の湿度は未だ正常に保たれている。
乾かず、汗ばまず、酷く快適だ。




当の弥鱈は服も着ておらず、
ベッドの上でシーツにくるまったまま先程の言葉を吐き出したわけだ。
この湿度の変わらない部屋で行われた数十分前の情事で
彼は何かを感じ取ったのだろうか。



「明日からの仕事、大変そうですよねぇ…」
「!」
「まぁ、あなたの仕事はいつだってそうなんでしょうけど」
「…そういう事ね」



前回の一件が相当に尾を引いているのだと気づいたのは最近の事だ。
あの、門倉に命を救われた一件。
撻器が来た翌日(あれはあれで相当驚いたが)に顔を出した弥鱈は、
今にも泣きだしそうな、それはいつもと変わらないのだけれど、
とりあえず普段と同じような顔をしたまま、雰囲気だけを違えていた。



「仕事でしょ」
「えぇ」
「別にあたしが希望したわけでもないし」
「はぁ」
「…何よ」



何を言っても言い訳じみていて、口を開きながら嫌になる。
誰がどうという事ではなく、こういう空気が死ぬほど嫌いなだけだ。
ややこしいし、面倒くさい。
いつの間に、どんなタイミングで
この部屋には見知らぬ空気が充満したのだろう。
まるで目の前の男さえ見知らぬ男のようだ。



颯爽と上着に腕を通し、この部屋を出て行く。
一度として振り返らなかった。












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もう会えなくなる日が来るだなんて、
そんな恐れは一度として抱いた事がなかった。
誰に対してもそうだし、何に対しても同じだ。
だから、あの日が命を落としかけた事さえ知らないでいられたのだ。
それが当然で、そうあるべきだと思っていた。



心に綻びが生じたのは翌日昼過ぎの事で、あれは誰だったか。
確か能輪辺りが忙しなく指示を飛ばしていたのではないか。
の事態を小耳に挟んだ。
ちゃんと誰かから話を受けたわけではない。
それは、未だに。



兎も角その際、生まれた初めて恐れを抱いたのだ。
心が少しだけ欠ける損失感というか、
ざわつき落ち着かない脳に支配される恐怖というのだろうか。
そんな感覚に苛まれ、
だからといってどうする事も出来ず時間だけを要した。
門倉がを助けたという話を聞き、余計に心はざわついた。



自分の図り知らない場所で心はどんどん削られ置いていかれる。
これまで何の意味も持たなかったはずの関係が妙な重さを持ち、
ゴロゴロと転がる。
こんな思いを抱いているのはこちらだけなのだろうか。



それでいて今回の一件だ。
門倉の仕事に彼女は同行する。



「…会えなくなるんですかねぇ」



まるで死の宣告のようだと揶揄されたが、そんなつもりではない。
言葉の通りだ。裏もなく、そのままの意味だ。
が戻って来なくなるのは、自分の元に。
きっと彼女はまだ気づいていない。



あの一件以来、関係は重みを増し形を変えた。
は受け入れるだろうか。


自己満足的な妥協、の続きです
そしてまあ、続きます

2016/2/7

水珠