そんなの哀しすぎる











肌が裂ける程の衝撃波を寸での所で避け、
視覚が呆気なく歪んだ。
足場の崩れる感触はいつだって重力の存在を感じさせ、
相変わらず慣れない。
こんな感触はもう何度目になるだろう。



目線の先では撻器の姿が徐々に遠ざかり、
何故だか少しだけ驚いたような彼の表情に少しだけ腹が立った。



こうなったのはお前のせいだろう。



今まさに転がり落ちようとしているこの階段は、何段あったっけ。
ぼんやりとそう思い、これまで感じた同じ経緯の衝撃を反芻する。



「そいつは自殺願望ってやつか?
「!」
「もっと単純に考えれば、逃げ出そうって魂胆か」
「…逃がしてよ」
「ダメだ。それは許さん」



俺の愉しみを奪うなよと続け、彼は笑う。



「突き落として助けるなんて、馬鹿馬鹿しいわ」
「そうだな。俺はそんな馬鹿馬鹿しい真似が好きなんだ」



ひび割れたガラスが辛うじて嵌っている窓からは
月明かりが無尽に降り注ぎ、ふと視線を向ければ
落下する自身に落ちて来る撻器の姿が見えた。
こんな、まったく無駄な真似を続ける理由は何なのか。



緩く笑んだままの表情で、こちらを見ているのかどうかも分からず、
それでも腕は伸び手首を掴む。



この腕から逃げられずに早数年だ。
その間にこの腕はどれだけの命を散らした。



「一年前から、お前が中毒なのは知ってるぞ」
「誰のせいかしらね」
「今回、俺がお前を捕まえる理由はそれだ。
 このままじゃお前は使い物にならなくなるからな」
「好きでやってるわ」
「だからだろうな」
「…」
「だから、俺はどんな手を使ってでも止めるんだ」



道理はないがと続けるが分かっている。
強いものが好きで、好きなものは近くに置いておきたい。
どんな手を使っても。
その為にはあらゆる術を使うつもりだ。
手段さえ択ばない。



強者同士が恋に落ちて何が悪い。
こうして実際に落下する速度よりも早く堕ちたはずだ。
とりあえず今のところ、こちらは。



「歪んでるわ。歪み過ぎて、逆に真っすぐよ」
「そうかも知れないが、何の意味もない」



その刹那知っている衝撃が全身を襲い、
ようやく墜落したのだと知る。
撻器の指は衝撃により手首を離れ、
心待ちにしたチャンスがようやく到来した。



「だからってそれが通る道理もないでしょ」
「落ちるのは道理だ」
「…」
「俺とお前が恋に落ちるのは道理だろう、こうなったら、どうしたって」



精神的にも肉体的にも。



「元々、あってないようなものじゃない」
「それが例え執着でも構わん」



違いはないんだと男は言い、ゆらりと立ち上がる。
窓という窓からは月明かりが差し込み、
そんな男の影を永久に伸ばし続けていた。





ちょっと更新が出来ないかもーと思ってたら(忙しさにかまけて
まさかのノートPC充電されない現象にみまわれ、
一月以上更新できませんでした(すいません)(詳しくはブログにて)
復帰後最初の更新はアイラブ撻器さまです

2016/3/22

水珠