「あっついわ」
「あぁ」
「ちょっと、南方。離れて」
「無理言うな」
「無駄に図体ばっかりでかくなりやがって」
「うるせェな」



お前の声で余計に暑いだろうが。
南方はそう言い、シャツのボタンを外す。
確かにこの煩い女の言う通り、とても暑い。


そもそもが真夏日並みの気温、
そうしてじきに一雨来るのであろう圧倒的な湿度。
尚且つ、この狭い空間で行われる張り込み―――――
人員はと南方の二名。


いや、張り込みとは少しだけ違う。
ターゲットを捕獲すべく動き出した矢先、
能輪よりまさかのストップがかかり、
寸での所でこの狭い空間、恐らく収納に飛び込んだ。
文字通り蒸し焼きだ。



「そもそも、何でこの局面でちょっと待ったなのよ」
「知らねェよ」
「能輪さん、そういうとこあるわよね」
「それも知らねェよ」
「扱いが雑なのよ」
「お前だからじゃねェの」
「亜面ちゃんに対する扱いと、あたしに対する扱いが酷いって、
 常々言ってんだけど…それにしたってあっついわね」
「早くあいつら出て行かねェかな…」



小柄なの身体を潰してしまわないように
片手で体制を支えている。
こんなに近づいたのは初めてで、
彼女の身体はこんなに小さいのかと驚いているところだ。
まあ、それは、自分や門倉、そのた諸々の野郎どもと比べて。


頬に張り付く髪の毛、不快に歪められた眉間。
その下の睫毛、滴り落ちる汗の粒。
女の汗の匂いがさほど不快ではないのだと、
割とどうでもいい事を知った辺り。
汗により落ちたファンデーションが赤い肌を晒し、
昨日の仕事を思い出させる。


女の顔を正面から殴るような野郎を相手としていた。
当然このが屈するわけなく、
彼女も真正面から迎え撃っていたわけだが、やはりこうして痕は残る。
今日に限ってはそれが嫌に堪らなく、無意識に顔を近づけた。
きっとは気づいていて、どうとも思っていないはずだ。
俺の事なんて、どうも思っちゃいないだろ。



「タバコ臭い」
「!」
「雄大もあんたも、タバコ臭いのよ」
「ん?」
「時代に合わせて禁煙しなさいよね」
「…」



反射的に唇を押さえるが、はこちらを見ない。
気配だけを読み、この狭い空間に辟易しているのだろう。
全身から噴き出す汗に浸食されて、とっくに脳はやられている。
思わずこのままグッと抱き締めてしまいそうだったが、
寸での所でターゲット達は部屋を出て行ったようで、
もスルリと抜け出した。咽かえるほどの熱気と共に。
ちょっとだけの心残りに気づかない振りをし、後ろに続いた。



「もう、最悪。汗だく」
「仕事どころじゃねェってな」
「詰まんない事言うわね、あんた」
「手厳しいね」



立会人特有のジャケットを脱ぎ、
際どい箇所までボタンを外すを見ている。彼女の背を。
曇ったガラスにうつる彼女の汗ばんだ谷間、黒の、下着。
窓越しに視線が合った。一度、二度。
面倒臭そうに溜息を吐き、だけどそのまま。



「連絡きてるの?」
「いや、まだ」
「こんな所で立ち往生って。どうすんのよ」
「長居は出来ねェな」
「一旦、退却かしらね」



彼女が呟いた瞬間、何の前触れもなく雷鳴が轟き、
堰を切ったように雨が降り出した。
バケツをひっくり返したような猛烈な雨量だ。
曇った窓ガラスは雨粒により透明度を増し、
外の様子を伺う事が出来る様になった。
雷は依然鳴りやまず、感覚は短くなる。
チカリ。
室内の照明が一度、点滅した。
何の思惑もなく視線がかち合う。照明が消えた。
窓が全て強い光に埋め尽くされ、
遅れて空気の引き裂かれる音が響き渡る。
全身を襲う振動。



「落ちたわね」
「ヤバい」
「え?」
「近くに落ちたせいで、通信が死んだ」
「最悪」



そう呟くの唇、顎から首、胸元に滑り落ちる汗。
引き裂かれる激しい音、稲光。叩き付ける雨。
室内の湿度は急上昇し、
とっくにリミッターの降り切れた頭は考える事を止めている。
偶然が齎したこんなタイミングだ。
もうどうにでもなれだなんて、そんなに投げやりなつもりではないが。


こちらの通信機を覗き込んでいるの肩に手をかける。
反応はない。
際どい位置までボタンの外されたシャツ。
むせ返るようなにおい。



「…」



顔を上げ、何事かを呟こうとした彼女の唇を奪い、
それはまるで予定調和のようで目立つ抵抗も見せない。
肌に張り付くシャツをもどかしく脱ぎながら、
能輪からの通信がまだ復旧しませんようにと、それだけを祈っていた。







それはとても



緩やかな変容





特に何の理由もなかったんですが、
更新せずに半年が経過してしまいそうだったので
慌てて更新しました(スイマセン)
基本的に私は閉じ込められ系、豪雨、雷が大好物です
あと、ついでに言うのであれば、
特に何の関係性も出来上がっていないが
タイミングで懇ろになる話も好きだ
今回はそれに+汗だくという、
癖の強い感じでお送りしました


2016/07/16

NEO HIMEISM