随分と粋な真似をするんだな。
背後から声をかけられ、指先が僅かに震えた。
振返りたくはなかったが、声の主はそれを待っている。
驚くほど悪趣味だと思う。
こんな場面、こんな場所に居合わせるだなんて、
どうしてそんな真似が出来るのか。
頭の中では言葉が紡げるが、
いざそれを声に出そうとすると嫌に憚られ、
とりあえず溜息を吐いた。
数秒でどうにかざわつく心を落ち着かせ、
すぐに言葉を返す必要がある。
そうしなければ心は侵される。
それは、きっと。今以上に。
それにしたって何故この男はここにいるのだろう。
気配は十二分に消したはずだし、そもそも激務のこの男だ。
暇つぶしには違いないだろうが、隙を見て抜け出してきたのだろうか。
「お前は相変わらず哀れな女だな、」
「…撻器様」
「俺に知られるのが、そんなに怖かったか」
「…」
それが例え勘違いの類だとしても恐らく愛していた。
今、足元に転がっているこの男の事を。
その事を知られてしまったのだ。
だから、こうする他なかった。
「お前が思っているほど、俺は器の小さい男じゃあないぞ」
「…」
「お前の玩具に手は出さないさ」
撻器の言葉はその時だけのものだ。
彼のその時の気持ちを率直に使えるだけのツール。
そんな事は周知の事実であり、
真に受けるバカは少なくとも賭朗内にはいない。
「お一人ですか、撻器様」
「いいや、お前がいる」
という事は、丈一達が血眼で捜しているはずだ。
こんな場所にこんな状態で踏み込まれるわけにはいかない。
よくない詮索が走る。
例えば、この足元に転がっている男は誰なのだ、だとか、
どうしてお前がここにいるのだ、だとか。
だからといってここから逃げ出す術はない。
撻器から逃げ出す術など。
「おあつらえ向きに、寝具もある」
「…」
「ここで一戦と洒落込もうじゃあないか」
昔みたいに。なぁ、。
ハナからそのつもりだったであろう撻器を目前に、
やはりこうする他、術がなかったのだと思い知る。
先も何も、選択肢さえも用意されていない未来は余りにも空しく、
一旦は逃げ出した。
丈一や能輪は最初から良しと思っていなかったのだろう。
こちらの思惑に乗った。
逃げ出せたと思い安堵し、
一人前に誰かを愛せばこの体たらくだ。
あの日、古い夏の日。
御屋形様付になったあの日。
身も心も俺に尽くせと、
文字通りの意味で告げられた蒸した夏の昼下がり。
全てのフラッシュバックに一歩も動けないを他所に、
撻器は興味なさ気に室内を物色していた。
久方ぶりの撻器さまです
私はやはり撻器さまが好き過ぎて仕方がない
好き過ぎて仕方がないのだ
2016/8/14
NEO HIMEISM
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