暗い世界が呼んでいる








誰からも愛され誰からも欲される彼女だ。
そんな汚れ一つない生き物が何故この賭朗にいるのかと、
当然の疑問を抱くのが彼女に初めて出会った奴らのお約束となる。
例に漏れず匠も同じ道筋を辿った。



辿ったのだが、年齢も年齢だ。
若者たちのように直情的になれるようなテンション等
生まれてこの方持ち合わせた事もないし、何より面倒だ。



誰とでも話を合わせる事が出来、
尚且つ空気のように馴染むとは
すぐに話をするような間柄になったが
(というか、彼女は彼女を知っている全ての人間とそうなる。
あれは特殊な才能に違いない)
それはそれだ。



一歩引いた場所から眺めていれば、
まるで餌に群がるハイエナのようにどいつもこいつも
一定の距離を保ちながら付け狙っている。
生き物としてとても正しい、何よりも正確な光景だ。
そんなサイクルに入る事も出来ない自身は、
生き物として不適合なのだろうかとも思うが、
ムキになるのも馬鹿らしい。



「…匠さん?」
「…」
「迷惑かけてごめんなさい」
「気にするな」


だから今、こうしてようやく見つける事が出来た彼女を目の当たりにし、
ざわめく心をどう処理すべきか判断出来ずにいる。



敵対する組織に襲撃されたとの一報が入ったのが三日前だ。
現場にの姿がなかった為、
連れ去られたのだろうと結論付けられた。
彼女が幾ら魅力的だとしても、賭朗の人間だ。
そう易々と連れ去られるような女ではない。
故に緊急事態だと判断した。



何手かに分かれて捜索にあたり、ものの見事に見つけ出したわけだ。
古い地下室に拘束されていた彼女は、
とりあえず衣服を身に着けていた為、
渦巻く殺意は爆発せずにすみそうだ。



「痛む個所はあるか」
「大丈夫」
「見せてみろ」



骨は折れていない。
愉しむ為に顔には余り傷をつけなかったのだろう。
加虐心の強くない相手で助かったという所か。
幾度か殴られたのか口の端が切れている。



「大丈夫だから」
「いいから見せてみろ」
「そもそも、自分のせいだし」



泣かない。
この女はこんな目に遭っても決して泣かない。
当然だ。
こういう危険は想定され、
そんな事態に備え各々対処しているはずだ。
だからは泣かないし傷つかない。
少なくとも露呈させない。
だからこの女はこういう女なのだ。



向日葵の様に明るく、誰からも好かれ迷いのない女。
心の底から幸せを願い、祈り、
こんな目に遭っても明日になれば全てリセットさせる。



「…匠さん?」
「…」



もう一度の唇が名を呼ぶ前に塞いだ。
反射的に出た彼女の右手、その手首を軽く掴みもっと深く口付ける。
彼女の口内は血の味がした。










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後日談は特にない。
あの日口付けた後も、特に何の進展もなかったわけだし、
相変わらずの彼女は曖昧に笑いそれ以上追及しなかったからだ。



一先ず病院へ向かい、皆と顔を合わせ、
それまでもそれからも何一つ変化のない態度で生きている。



「匠さん」
「どうした」
「次回、同行なんですよ」
「あぁ」
「行きましょう」



こちらに向かい伸ばした腕、その手首には未だ赤黒い痣が残っている。
それを目にする度に、下らない思いが疼き出す。
それでも。
とりあえずはこの状況を楽しむ予定だ。



堪らない思いは息を潜め、
次のタイミングを今か今かと待ち侘びている。



今年初の嘘喰いは長でした
何というか、何も起こらない長です
何も起こらなかったり色々起こったり、
本当長には色々あるなぁ(書きやすいのです)

2017/02/23

水珠