哀しい現実だった











身に覚えはないが、青春と呼ばれるような
青い感触を味わったような気がした。
門倉と過ごした僅かな時間がそれに相当する。
つかず離れずの曖昧な距離感も、
前触れなく襲い掛かる不自然な行動も今となっては全てが懐かしい。
間際に思い出すという事は、



恐らくそれは己の中に染みついた記憶なのだ。
左の脇腹を強く圧迫し、どうにか出血を止める。
計り知れない倦怠感と共に口内には
次から次へと新しい血液が溢れ出し、枚挙に暇がない。



(…しくじったな)



潜入先の仕事により無様に死にかけている状況だ。
まったく間抜けな死にざまだと笑われる事必至で、
それだけはどうにか避けたいところなのだが、
辺り一帯は敵さんの猟場だし、
そもそも狙撃されたのだし、身体はこんな状態。
どうにか策を練ろうとも、
先程から脳内では門倉との青春ばかりが再生され、手も足も出ない。



こんなに思い出す程、楽しかったのか。
あの男はそんなに優しかったっけ?



(…)



笑える話だが(恐らく、だ)痛みを感じない為、
この怪我がどういうものなのか把握を誤った。
ほんのかすり傷程度の認識だった。


気にせず動き続けていれば、
急に身体が動かなくなり始め、
ふと足元に視線を送れば血溜まりが出来ている。


冗談でしょう。
思わずそう呟いたが、
生憎、嫌になる程、現実だ。


完全に動かなくなる前に、
どうにか手を打たなければならない。
余りにも大量の出血の為、思うように身体は動かず、
一先ず目に入った廃墟に入り込んだ。
万が一、先客がいた場合には殺す気概


で。
誰にも見られてはならない。
目撃者を残してはならない。
二つの組織に準じ、其々のルールを重宝する。



「…」



目の前がグルグルと激しく回転し出し、
これまで目にしていた退屈で色のない世界も
どうやら終焉を迎えるようだ。


激しい吐き気と悪寒、全身の震えが止まらず、思わず膝をつく。
ふとガラスにうつる自身を見れば、
死体と見紛うほど白く、全ての症状に合点がいった。



ここで死ねば見つからないだろうか。
ネズミにでも喰われ、全ては失せるか。
汚れた床に倒れ伏し、浅い呼吸を繰り返しながらも思い出すのは
下らない青春の紛い物であり、
どうにかしていると笑いながら目を閉じた。










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「動かないで下さい。そのまま、じっとして」



目が覚めても視界は悪く、中々焦点が定まらなかった。
朦朧とする意識の中、身を起こそうと力を入れるが微動だにしない。
丁度その時に上記の言葉をかけられた。
男の声だった。


相変わらず全身が震えており、吐き気もする。
最後に耳が残るというが、目は戻らないのだろうか。
当然ながら頭は使い物にならない。



「…」
「まだ意識は混濁してます」
「…」
「えぇと…一先ず安定させ、
 その後、回収作業に入りますので…はぁ」



丁寧だが所々投げやりな口調。
すぐに思いついた。



「弥鱈」
「!」
「何で…」
「大した回復力ですね」



畜生並だ。



「何、これ」
「輸血ですよ。、あなた。死にかけてましたからね」
「あぁ…」
「正直、よくもそんな傷でうろついてたもんですね。呆れました」



身体はまだ動かない。



「誰の指示で、ここに」
「偶々ですよ、偶々。
 私がこの近くにいたので来た、それだけです」



相変わらずこの男はこちらを見ない。
手際よく処置をしたのだろうに、こちらを見る事はない。
又しても生き永らえてしまったようだ。



「それにしたって、あなた…散々な身体ですねェ…」
「酷い言い草ね」
「少しくらい、ご自愛くださいよ〜〜〜〜」



でないと欲情が失せないのだと続ける弥鱈は、
愛でるように傷口を撫でる。
これはこれで厄介な奴に助けられたものだ。
特別ではないが。



傷跡を愛でる以外、他の行動をとらないところを見ると、
薄々感づいてはいたが、あと一歩の確証を
得る事が出来なかったというところか。
この男の好きな傷跡が満載のこの身体は、
今現在のものではないらしい。



動かない身体を弄る弥鱈をよそに、
青春の欠片を集めるが見つからず、
はもう一度、目を閉じた。



【後戻りなどどうして許されようか】の続きです
大よそ一年振りの更新、、、
しかも、結果、弥鱈の性癖が変だという話に
傷跡や傷が好きなだけで、
この後セックスには縺れこみません


2017/3/4

NEO HIMEISM