着実に蝕まれる世界








数時間前まで無様な熱に塗れていた身体は冷え切っている。
延長線上には立ち、ベッドに腰かけたこちらを見ているのだ。
こんな状況は初めてだが、
この女と小部屋に閉じこもった経験は幾度かある。


それぞれに思い出など特にない。
この女は、こんな眼差しをしていたか。
これではまるで、この女自身が怪異ではないか。



「…つれないね、
「楽しかったでしょう?」
「…」



何が問題なのよと、彼女も眼差しは告げている。
スタートもゴールも全てが完璧だった。
爛れた目線が絡み合う瞬間も、
吸い寄せられるように口付けたタイミングもだ。


全てがどこぞのシナリオに基づくようで、
発射までの全ての儀式が完全なものだった。


だから彼女は言う。
何も問題はないと。



「昨晩は、あんなに愛し合ったってのに」
「…愛?」
「…酷いな」



哂うなんてさ。



「心と身体、別々の人間なはずでしょう?」
「そうだったっけ」
「少なくともあたしはそうよ」
「…そうかな」



俺が知ってるお前はそうだったっけな、



「もとになんて、戻れない」



昔みたいには戻れないのよと呟く。
その昔の記憶がないのだ。
全てあやふや、メメ側に限り。


俺はお前に何かしたのかな。
振り向かず部屋を出て行くの背を見つめながら、
ぼんやりと過ちを遡るが思い出せず、そのままベッドに倒れ込んだ。












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朝の喧騒が耳に煩い。
出勤ラッシュ直前のざわつく街並みだ。
白々しい朝に色が付きだす時間帯。
こんな時間帯にホテルを出る己が惨めで好きだ。
とりとめのない聞き慣れた音をBGMに
先程の最悪な時間帯を反芻する。


メメにこちらの気持ちなどわかるわけがない。
たまに顔を出し、気まぐれに抱くような男だ。
それを許したこちらにも非はある。
そういう女だと、そういうものだと思われたのだ。


昨晩の完璧なセックスにしたってそうで、
薄暗い部屋の中、行ったり来たりと
目的地のまったく違う身体が揺れ動くだけだった。
同じ寝具内であればせめて
目的地は一つに絞りたいと願う事がそんなに難しいのか。


又、何の前触れもなく訪れたメメは
幸せな再会だとでも思っていたのだろうか。
間抜けな、



「…やれやれ」
「!」
「お前が来てたのか」



街がざわつくと思っていたぜ。



「貝木…」
「借りを返せ、
「何…?わざわざ督促しに来たっての?」
「お前とは中々会えないからな」
「…今じゃないとダメなのかしら」
「あぁ」



じっとりとした眼差しでこちらを覗く貝木は見透かしている。
こちらの事情全てをだ。こちらの事情、メメの心。
いや。最たるものは自身の心境だ。
それを貝木は知っている。


だから寝具内は荒れる。
誰もそこで安らげない。
メメも、貝木も、自身でさえも。
こんなやり方は、そもそもお前達のやり口だろう。



「何があった、昨晩」
「察せるでしょう、そのくらい」
「だからだ」



お前の口から聞きたいんだよ。



「…一度だけ、凄く、惹かれあったのよ」
「…」
「たった一度」



あの一晩。
あの一晩の幻影を追い続けている。
恐らくは互いにだ。
心が通じ合った錯覚を覚えたあの瞬間。
あの一瞬の幻を夢見ている。
それが永久に手に入らなくても。



「それ以降は最低か」
「そうよ」
「よくある話だぜ」
「そうかしら」
「メシの時間はあるのか?」



何の感動もない心は動きを見せない。
やる事だけやって、そうしてそのまま出て行って。
口を開き言葉を紡ぐたびに全てが作り物のように思え、
まるで夢うつつのようだ。


貝木の腕が肩に回され寄り添う。
紛い物の二人は人で溢れるターミナルに吸い込まれていった。


一粒で二度おいしい
ふしだらな主人公です

2017/03/24

水珠