茨とアザミ　焦燥のトゲ

人里離れた山奥の谷の方にその村はあった。
小さな集落だ。

その山からは上質な土が獲れた。
その土から作られた焼き物は非常に美しく、
時の権力者への献上物として重宝された。

いつしか集落は職人の里と変わり、
著名な窯元の名で糧を得るようになった。

その村では窯元が死ぬと、
次に最も優秀な弟子が新しい窯元になるべく勝負をするというしきたりがあった。

次期、窯元として名を馳せているのは村で最も裕福な家の息子だった。
彼は幼い頃から恵まれ甘やかされたもので、
酷く傲慢だったし尊大な態度だった。

しかし、彼は生まれながらにしてツキのいい男だった。
傲慢な性質も見た目の可愛さに掻き消され、
その可愛さは年齢と共に美しさへ変わった。

美しく尊大な男となった彼には強靭な美的感覚が備わっており、
それなりの才能も持ち合わせていたわけだ。

彼は次期、窯元として最も有力な人物となった。
彼の人生は順風満帆そのものであり、
村を統べる領主からは娘との縁談も約束されていた。

娘―――――
とは幼い頃からの付き合いで、所謂幼馴染のような間柄だった。
男の両親は領主様の子供であるの世話を自ら望んで焼いていた為、
必然的に男と接触する機会も増えた。

は素直な娘であり、圧倒的権力を持つ領主に溺愛され育った。
自らの意思を持つ事無く、父親の望む事を言い、望む事をする。

領主は箱入り娘のに、決して土を触らせなかった。
指先が荒れる事を懸念してだ。

は基本的に室内で過ごしていたのだが、
男のいる作業場にはよく顔を出した。

にこにこと愛想のいい同年代の娘に男は一瞥もくれない。
幼い頃は自身より蝶よ花よとちやほやされる娘が気に入らなかったし、
歳を取ればそれはそれで、決して埋まる事のない深い溝がある事に気づき、
やはり気に入らなかった。

そんな男を娘はどうやら気に入ったらしく、
言葉少な目にだけれどいつでも側にいた。

その状況を男の両親は大変喜んだ。
万が一の可能性にかけたのだ。

男の心も徐々に揺れた。
決して埋まる事のない身分と言う溝を埋めるには
その方法しかないのだと理解もしていた。

そんなとある日、村に一人の若者が訪れた。
若者は聞き慣れない訛りの言葉を使い、
見た事のないような奇抜な格好をしていた。

迷い人かとも思ったが、易々と迷い込めるような場所でもない。
若者は自らを彼方の芸術家と名乗り、一度手合わせを願いたいと申し出た。
無論、白羽の矢は男にたち、一月の期限を与えられた。

言わずもがな、暇を持て余していた領主は殊の外、
この一件を気に入り、勝者にはその場で娘との祝言を挙げるものとする。
そう告げた。

当然負ける気など更々ない男は意に介していなかったのだが、
若者の作品を一目見た時からその余裕は消え失せた。

一言でいうなれば完璧。
余りにも完成されたその作品に息を飲む。

周りの奴らには分からないだろうが、そんなものは一目瞭然だ。
若者の作品にはそれだけの価値があった、男は焦った。

尊大な態度は今更崩せず、だけれど心はすぐにぐずぐずと腐った。
どんな手を使っても若者以上の作品は作れないと、
その事実だけが心の深いところに重くのしかかる。

若者には類まれなる才能が有り、
挙句、人々に愛される素質さえ持ち合わせていた。

目的は未だ分からないが、村人とはすぐに打ち解け、
あの口下手なでさえ楽し気に笑う。

土をこねても形にさえならなくなったのは半月後の事だ。
両親の執拗な懸念も男の精神を削った。
既に男の中では敗北が確定していた。

だけれど勝負を反故にする事は出来ない。
しかしながら負ける勝負を受ける程、
心は強くなれず山の中腹にひっそりと佇む古の洞穴へ向かった。

自然につくられた洞穴の奥には
誰がどういう目的で掘ったのか分からない仏像があった。
その作りは稚拙だが魂がこもっているように思え、
幼い頃から何か事が起こる度に男はここへ出向いていた。

余りにも哀れな姿を晒すくらいならば、このまま身を隠そうかとも思う。
僅かばかりの心残りはの事で、それが愛なのか情なのか、
はたまた執着なのかは分からなかった。

その傲慢さ故、誰にも本心を話す事などなかった男が
唯一腹の内を曝け出す事が出来たのがこの仏像の前で、
膝を突き首を垂れポツリポツリと言葉を紡ぐ。

俺はあの若者が憎い、俺を認めぬこの世が憎い。
あれに勝る才能を手に出来るなら、俺は何でも差し出す―――――

「…その言葉に偽りはないな」
「！！」
「私がお前に、その力を授けてやろう」
「お前は…」
「私が何者でもお前には関係のない話だ」

その言葉に嘘はないなと男は言う。
まるで死人のような白い顔をした男だ。
男はいつの間にかそこにいて、そうして囁くように続ける。

何でも差し出すと言ったな。
よかろう、ならば私はお前に力を貸そう。

見知らぬ男のそのような戯言に耳を貸すより他、術はなかったのだ。
それから先はよく覚えていない。
全身、身を切り裂くような痛みに包まれそれどころではなかった。

幾晩か越したのだろう。
丸い月夜の晩、私は血まみれの姿でそこにいた。
何故かは分からないが気持ちはとても晴れやかで、悩み等一切ない。

血に塗れた両腕をじっと見つめ徐に舐める。
得も言われぬ味だ。

血を舐めた事により急激に腹が減り、一番食欲をそそる肉の元へ向かう。
既に瀕死のその若い男は、娘を庇うようにし倒れていた。
辺りには焼き物の残骸が散らばり、
踏み出す度にパキリパキリと耳障りな音がした。

辛うじて息のあるその男に近づき、
鍛えられた指先から遠慮なしに食らいついた。
若い男は小さく呻き、すぐに絶命した。
一噛みごとに全身に力が漲るような気がして、夢中で貪った。

若い男が庇っていた娘は怯えた表情を張り付けたまま
身動き一つせず、こちらを見ている。

「…どうだ、お前の欲した力の味は」
「素晴らしいです、こんなに素晴らしい事が有り得るとは」
「お前の名は『玉壺』」
「…」
「お前は『玉壺』だ」
「畏まりました、無惨様」

ところで玉壺、その娘は私のものかな。
無惨は笑う。

怯える娘はこちらから視線を逸らさず、しきりに首を振っていた。
娘はこちらを知っているようだが、まるでこちらは記憶にない。

貴方のお望みのままに。
玉壺がそう言えば、無惨は娘に手を伸ばす。
娘の背後、一際輝く壺があった。

「…、と言ったかな」
「…！」
「どうだろう、彼は」
「どうして」
「『玉壺』は、美しいだろう」

娘が悲鳴と共に何某かの名を叫んでいるが、
生憎こちらはその壺に夢中だ。

手を伸ばしその壺に触れる。
ひんやりとした陶器の感触に身震いし、目を閉じた。

不遇な上弦、玉壺夢です
だ、誰得ーーーー！？！？
何となく上弦の事を考えてたら
こいつだけ過去の回想ロクにないし
何なら時透くんのかませとして
完璧に寿命を全うされたわけなんですけど
余りにも不憫ですぜと勝手に過去を模造しました
絶対的な約束事でイケメン要素は譲れない
＊あと、主人公がいてもいなくてもいい感じで
我ながら驚きました

2019/10/14

茨とアザミ 焦燥のトゲ

茨とアザミ　焦燥のトゲ